氷河が大地を削って作り上げた、北欧の大自然。
寒冷な気候と雄大な自然が広がる北欧の国々では、アウトドア文化が生活に根付いていて「自然享受権(Everyman’s rights)」が慣習法として制定されています。
自然享受権とは「自然はみんなのものだから、独占すべきでない」という考え方に基づいて、私有地や国有地でもキャンプ、ハイキング、ベリー・きのこ摘み、カヤックやスキー、乗馬などアウトドアアクティビティを楽しめるという権利。
自由に自然の恩恵を受けられる反面、「みんなの自然をみんなで守る」という考え方も根付いています。
動植物の生態系を守るためにペットはリードをつける、車道以外を車で走らない、ゴミをポイ捨てしない、無闇に動植物に損害を与えない、安全面に配慮する、他人のプライベートスペースは尊重する、ということを各自で守り、それぞれの責任を負いながら自然を楽しみ秩序を保っています。
ただ一口に「北欧」と言っても、それぞれの国で自然享受権との向き合い方に少し違いがあります。今回はそんな北欧の慣習法「自然享受権」の、各国の事情について紹介していきます。
スウェーデンの自然享受権
スウェーデンは北欧各国の中で、最も自然享受権の自由度が高い国です。
自然保護区以外では、基本的にキャンプやハイキング、カヌーなどを楽しむことができて、国のあらゆる場所で Airbnb 登録ができる(=キャンプができる)と言われているほど。狩猟に関しては、日本と同じく免許が必要です。
ただし、プライバシーや農作物、森や動植物を守るために幾つかのルールがあります。例えばキャンプに関しては「同じ場所でテントを張る場合は2泊まで、それ以上は土地の所有者の許可が必要」など。
乗馬やスキー、ベリー・きのこ摘みやハイキング、キャンプなどのアウトドアアクティビティを楽しむ際、自然保護区の他、畑や家畜の放牧場では許可なし立ち入ることはできません。
また「peace at home」というルールがあり、住居や建物から一定の距離を置き、お互いのプライベートスペースを保ってアウトドアを楽しむ配慮が必要です。
カヌーやカヤックに関してはどこでも楽しむことができますが、水泳に関しては水の流れが早く波が高いところは禁止の標識がある場所も。
自然と他人のプライバシーに配慮して、環境に負荷を与えないように自然を楽しむ。スウェーデンには、そんな考え方が根付いています。
友人は「自然の中も私の家のひとつ。家の中で寛ぐのにある程度ルールが必要なように、アウトドアを楽しむのにも同じくルールが必要。自由というのは責任を持つということだから、自然と安全に対する知識は大事だよ」と、教えてくれました。
また、スウェーデンの観光サイトには「エッフェル塔もナイアガラの滝もないけど、この自然と自然享受権が私たちのモニュメント」と書いてあります。
それぞれの言葉たちに、スウェーデン人の「自然享受権」に対する誇りが伺えます。
参考:Visit Sweden
ノルウェーの自然享受権
スウェーデンと同じく、自然保護区以外ではキャンプやハイキング、ベリー・きのこ摘みなどのアウトドアアクティビティを楽しめます。ただし、スウェーデンでは「最寄りの住居と常識的な距離をとる」というルールがあるのに対し、ノルウェーでは「最寄りの住居から150m程度の距離を取る」とpeace at home ルールに対して細かく明記されています。
耕作地や牧草地、家畜の放牧地などは原則立ち入り禁止ですが、地面が凍っていたり雪で覆われている10月半ばから4月末までは散策可能です。
キャンプに関しては、僻地(へきち)以外の場所で2泊以上する場合は、土地の所有者に許可をとる必要があります。先住民族が住むラップランド地方は、彼らの生活を尊重するために一部制限があるものの、スウェーデンのようにかなり自由に自然の中でアウトドアアクティビティを楽しむことができます。
狩猟に関しては日本と同じく狩猟免許が必要で、釣りも一部免許がないとできません。
「自然の美しさや厳しさ、多くの動植物がそれぞれ生活をしていること、いくつかの野生動物は絶滅危惧に瀕していること。このことについてよく考えれば、ルールに囚われなくても適切にアウトドアを楽しめるよ」
自然享受権について尋ねたとき、ある友人は笑ってこう言ってくれました。みんなの自然はみんなの物。動物も植物も人間も、その中に少しずつお邪魔させてもらっている。
自然の中でアウトドアを楽しむために大切な考えが、自然享受権というルールに詰まっていることを感じました。
参考:VisitNorway
フィンランドの自然享受権
国立公園や自然保護区以外では特に規制がなく、基本的にはノルウェーやスウェーデンと同じく自由に自然の中を散策することができます。もちろん、畑や牧草地などは立ち入らないのが基本ですが。
好きなところにテントを張ってキャンプを楽しむことができますが、整備されたキャンプ場もたくさんあり、サウナが併設されているところが多く、キャンプ場もかなり人気です。
キャンプのできる無人小屋も国内の各所にあり、鍵のかかっていない場所は誰でも使えます。ただし、他に使う人のことを考えて原則1泊。小屋を使った後は、使用した備品を補充して掃除や整理整頓を。
ノルウェーと同じくフィンランドのラップランド地方は気候が厳しいので、植物がダメージを受けた場合、回復に時間がかかります。また先住民の飼っているトナカイを運転中に轢かないように、気をつける必要があります。
フィンランドは国土の75%以上が森に覆われていて、約188,000の湖に群島が形成されています。「ヨーロッパのどこよりも森と湖が多くて美しい国だから、ぜひ来て自然を楽しんで欲しい」と、フィンランドの人々は自分たちの国の自然と自然享受権に誇りを持っています。
世界で1番のサウナ好き。そう言っても過言でないフィンランドの人々は、自然の中でアウトドアを満喫した後は、国内に2~300万カ所あると言われるサウナでゆっくり疲れをとる人が多いそう。日本人の温泉とアウトドアの関係に似たものを感じます。
参考:VisitFinland
デンマークの自然享受権
北欧の国々の中で最も人口密度が高く、自然やプライベートを守るために自然享受権に制限が多いのがデンマークです。森でキャンプをする場合は「キャンプ可」の標識がある場所で、2泊のみ許可されていて国内で200カ所設立されています。
土地の所有者は立ち入ってほしくないエリアにフェンスや標識を立てるため、フェンスの中やプライベートスペースの標識があるエリアは立ち入り禁止。ハイキングやキャンプを楽しむ場合、周りに標識が無いか、よく確認する必要があります。
畑や牧草地、放牧地に立ち入ることができないのは他の国々と同じですが、その近辺でも許可なくベリー・きのこの採取やキャンプをすることはできず、ハイキングかコーヒー休憩でのみ散策することが可能です。
場所によってハイキングコースが家畜の放牧場の中にあることがあります。この場合はフェンスに囲まれていても入り口に禁止の標識がなければ、家畜と共にデンマークの自然の恩恵を受けることができます。
デンマークでは、このように制限が厳しいので標識を頼りに自然享受権の範囲を判断します。ノルウェーやスウェーデン、フィンランドに比べて自由が少ないけど、みんな快適に自然を感じ、プライベートを尊重しています。
一度、畑が近くにあることに気づかずハイキングを楽しんでいたら、所有者の方にものすごく怒られたことがあり、とても落ち込み反省したことがありました。
「反省して次に活かすことが大事。知らないなら知っていけばいいだけ」と、アウトドアを教えてくれた友人に言われたことがありました。
みんなの自然をみんなで楽しみ、少しずつ知識と経験を積み重ねて自分なりのスタイルを確立していく。これはデンマークだけに限ったことではなく、日本でも同じですよね。
この考えを忘れずに快適に、かつ自然と他人のプライベートスペースを尊重してキャンプなどのアウトドアを楽しんでいきたいです。
アイスランドの自然享受権
北欧の国々の中で最も自然享受権に制限のあるのがアイスランドです。アイスランドは土や草原、森が育ちきっていない若い島。
土が少なく、植物も苔がほとんどで剥き出しの溶岩が大地に広がるこの国では、他の北欧の国々に比べて自然に負荷がかかると回復に膨大な時間がかかってしまいます。
観光立国として観光客を多く受け入れていることもあり、自然を守るための自然享受権の制限がとても多く、指定のキャンプ場以外ではキャンプが禁止されています(※キャンピングカーでの車中泊も同様)。
ハイキングも遊歩道が敷かれている場合は、他の場所への立ち入りが禁じられているほど。
「観光立国としてアイスランドへ人を招く以上、こういった制限は必要。少し窮屈だけど、仕方がない」と、アイスランドの人々は制限のある自然享受権を受け入れています。
参考:VisitIceland
自然に対するリスペクト
それぞれの国で事情が少しずつ異なるものの、北欧の国々は自然や自身の安全、他人のプライバシーに配慮して「みんなの自然をみんなで楽しみ、みんなで守る」という考えが根付いています。
ゴミを捨てないのは当たり前だけど、もし捨てられているゴミを見つけたら拾って持ち帰るか、最寄りのゴミ箱に捨てる。そうすることで、自分たちの自然を自分たちで綺麗に保つことにつながります。
仮に、知らずに自然に負荷をかけている人がいても、注意をして教えてあげればいいだけ。もし注意をされても、落ち込む必要はなく、きちんと反省して次に活かす。
このように自然享受権の下、ただ自由に自然の恩恵を受けるだけでなく、各自が責任を持って行動して美しい自然と快適なアウトドアアクティビティを守っています。
この自然享受権に基づく考え方は、北欧だけでなく日本でも他の国でも同じだと感じています。楽しく快適に自然の恩恵を受け続けられるよう、この考えを意識していきたいです。