久しぶりに体験した「それ以外の怖さ」
9月下旬です。長引いた暑さがようやく収まりかけた日でした。
はじめの違和感はまだ明るい時間です。昼からうるさいくらい鳴いていた虫達が、時々、一斉に鳴き止む瞬間があるのです。まるで指揮者でもいるかのように、「せーの」でタイミングを合わせピタリと鳴き止む虫達。
同時に驚くほどの静寂がやってきます。学生の頃、ガヤガヤしている教室がシンと静まり返る瞬間があったと思います。あの感覚です。
そして、その日は天気も良く日中は風もまったく吹いてなかったのですが、夜になると時々、通り抜けるような強い風が吹くようになりました。
これは実際にその日の焚き火の写真です。ここまで炎が流されると、いくら貸し切りのソロキャンプとは言え危険です。まだ寝るには早い時間でしたが、焚き火を消したら、やることが無くなり、テントに入ります。
外からは虫の鳴き声とゴウゴウと鳴る風の音。いつもは酔っ払ってすぐに入眠するのですが、その日はなぜかなかなか寝付けず、ついついスマホを触ってしまいます。
ソロキャンプに来ると料理をしたり読書をしたりがメインなので、スマホを触ることはあまりないのですが、その日は充電が無くなりそうになっていました。読書に集中できず、ずっとスマホを触っていたのです。モバイルバッテリーは一泊のキャンプでは持っていきません。翌日のことを考え電源を落とします。
目をつむり、寝ることに集中します。虫の鳴き声と、時々ゴウゴウと鳴る風の音だけが聞こえる暗闇。どれくらい時間が経過したか分かりませんが、意識が落ちるか、落ちないかのまどろみの中——。
テントの外から「キュポンッ」という音がしました。正確には、音がした気がしました。とにかく何かの物音がした気がして目が覚めたのです。
腕時計を見ると2時30分でした。寝落ちする寸前だったような気がしていましたが、どうやら少なくとも4時間は眠っていたようです。注意深く外の物音を聞いても動物の足音は聞こえないし、気配も感じません。
念のため、いったん外に出て確認しようか考えていたそのときです。また「キュポンッ」という同じ音がしました。この時、意識は間違いなく覚醒していました。ワインの瓶からコルクが抜ける音に似ています。でもコルクの音にしては音がやけに大きいのです。
一回この「正体不明のもの」に意識を囚われると、ありとあらゆる物に対して恐怖を感じるようになります。例えば、外に置いてあるビニール袋が風でカサカサ鳴る音。木々の枝葉が擦れる音。さっきまでなんとも思っていなかったそのすべてが、何かの足音や息使いに聞こえてしまうのです。
(これはよくない。早く恐怖を払拭しなくては)
前述した通り、恐怖は「正体を確認すること」でしか払拭できません。
手探りでランタンを探し、テント内を明るくします。そして、手を叩きます。テントの壁もバンバン叩き、大きな音を出します。動物がテントの近くまで寄ってきている可能性もあるからです。
キャンプ場に人がたくさんいるとまず近寄ってくることはありませんが、ソロの貸し切りだと時々動物が近くまで寄ってきます。人間の気配を出すために音を出して灯かりをつけるのです。
これは余談ですが、僕にアウトドアのことを教えてくれた先輩が「ソロキャンプ中にテントの外に気配を感じても『誰かいるの?』という疑問形にしちゃいけない。返事が返ってきたら大変だから。ラジオをかけたり、鍋をカンカン叩いたり、ホイッスルを吹いたり、音が出せればなんでもいい。とにかく疑問形はだめだ」と言っていたのを思い出します。こういう時に限って余計なことを思い出します。
耳をすましますが、特に動物の気配はありません。きっと何もいないのです。いるわけがないのです。いつもそうです。多くの不安は杞憂で終わるのです。しかし、確信を得たい。そのためには、どうしてもテントの外に出て、自分の目で見て確かめるしかないのです。
意を決して、恐る恐るテントから顔を出し左右を確認します。数時間までそこで酒を飲んでいたのに、急に外が怖く感じます。
まもなく夜明けのはずの時間ですが、まだ真っ暗です。靴を履き、ゆっくりテントの周りを歩き回りましたが、何もいませんでした。よかった。やはり全ては気のせいだったのです。
しかし、ずいぶんと静かなことに気付きます。虫の声がまったく聞こえません。真っ暗な闇の中、風だけがゴウゴウと吹いているだけです。
(今日はいつもと違う不思議な空気だな…ちょっと怖いな…寝られるかな…)と思った、その時。少し離れた山肌に、何かが光っていることに気付きます。